具体と抽象のあいだ
具体と抽象(細谷 功さん)。
賢い人とは、この二つのあいだを自在に行き来できる人、しかも速く、何度も往復できる人のことだ――と、誰かが言っていた(誰だっけ?)。
抽象化とは
抽象化とは、特徴を抽出をするということ。
デフォルメであり、枝葉を削ぎ落とした幹である。
「本質を捉える」という言い方があるが、これは、いかに表面事象から抽象度の高いメッセージを導き出すか、ということを示している。
抽象化が上手になればどうなるか?
抽象化思考が身につけば、本質的な課題に迫ることができるようになる。
抽象化思考が身につけば、説明が上手になる。幹と枝葉を見分けることで要点を掴み、効率的に情報処理をして、要するに「何なのか」をまとめて話すことができる(「人間は考える葦である」という言葉を残した、数学者であり哲学者でもあったパスカルは、友人に宛てた手紙の最後に、「今日は時間がなかったため、このように長い手紙になってしまったことをお許しください」と書いたというエピソードがある)。そして必要に応じて、必要な領域についてだけ徹底的に具体レベルまで降りてくることができる。
抽象化思考が身につけば、自分のあるべき姿(To Be)を想像することができる。あるべき姿は、将来のある時点での状態を表すため、これを考えるには想像と創造のための抽象化能力が必要になるからだ。
抽象化思考が身につけば、創造力豊かになる。身の回りの一見遠い世界の物事を、いかに抽象レベルで結び付けられるかが、創造的な発想力の根本だと言えるからだ。
抽象と具体の力学
抽象は、数と言葉を武器とする。
数は非常に強い抽象化の武器である。
文脈を選ばない。ストーリーを持たない。無関係なものを同じ場所に並べられるから、強い。
一方、言葉とは、抽象と具体のあいだを往復するための武器である。
抽象は暴力的だ。ディテールの異なるものを「同じ」として扱うからだ。
抽象は融和的だ。異なるものの中に共通点を見出し、ひとつにまとめ上げる優しさを持つ。
抽象化がなければ、世界は情報が多くなりすぎて、説明も理解も困難になる。人とのコミュニケーションにも、過剰な時間がかかってしまう。
具体は、人の心を動かす力がある。
ストーリーを持つがゆえに、差別化にもつながる。
元ヤンの医者、元ヤクザの弁護士、毎日「ありがとう」を100回言ってもらった花――そうした具体は、人を惹きつける。
子ども in the 具体 world
抽象は大人っぽくて、具体は子どもっぽい。
『名探偵コナン』を観て、4歳の子どもが犯人(顔と服装がはっきりした人)を指さし、「これは犯人じゃない。犯人はもっと黒い人」と言うのも、その「黒い人」が犯人の抽象化された像だと理解できていないからである。
「これ、コンビニで買ったんやんな?」と聞いて、「違う、ローソンで買った」というかわいい返事が返ってくるのも、子どもは具体の世界に生きているからだ。
子どもが少し大きくなって、1から100まで数えられるようになるのは、「1の次は2、2の次は3……」という抽象が働いているからである。
子どもならかわいいが、具体の世界にのみ生きている大人と抽象的思考の身についている大人とでコミュニケーションの問題が起こる。「アイツは話がコロコロ変わるヤツやなぁ」と感じたら、一度、「アイツ」ではなく自分自身の課題・話の捉え方に問題がないか(本質・抽象レベルまで詰められているか)を考える必要がある。
抽象化思考を育てるために
抽象化思考を促すためには、多種多様な経験を積むことはもちろん、本を読んだり、映画を観たり、芸術を鑑賞したりすることで、実際には経験したことのない事柄を疑似体験し、視野を広げることが重要であるとのこと。
そうすることで、一見異なるものの共通点を見つけられるようになる。
それがやがて無意識の癖のようになっていくとよい。

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